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福島地方裁判所 昭和50年(モ)16号 判決 1975年10月13日

債権者 鈴木昭

右訴訟代理人・弁護士 安田純治

大学一

安藤裕規

安藤ヨイ子

鵜川隆明

債務者 有限会社笹谷タクシー

右代表者・代表取締役 菅藤卯一

右訴訟代理人・弁護士 堀切真一郎

今井吉之

主文

一  当裁判所が債権者・債務者間の昭和四七年(ヨ)第三七号地位保全等仮処分申請事件につき、同年五月二六日にした仮処分決定は、これを取消す。

二、債権者の本件仮処分申請を却下する。

三  債務者の本件仮処分決定による支払賃金の返還を求める申立は、これを却下する。

四  訴訟費用は、債権者の負担とする。

五  この判決は、一項に限り、かりに執行できる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  債権者

(一)  主文一項掲記の仮処分決定を認可する。

(二)  訴訟費用は、債務者の負担とする。

二  債務者

(一)  主文一・二項および四項と同旨

(二)  債権者は、債務者に対し金二一四万四六四二円を支払え。

第二当事者の主張

(本件仮処分申請について)

一  債権者の申請理由

(一)債務者は、一般乗用旅客の運送を目的とする所謂タクシー会社であり、債権者は、昭和四五年八月三日債務者にタクシー運転手として雇用されたものである。

(二) 債務者は、昭和四七年二月二四日以降債権者との雇用関係を争い、債権者の就労を拒んでいる。

(三) 債権者の昭和四七年二月当時における賃金は、月額金七万六三二〇円を下らず、毎月二八日がその支給日であった。

(四) 債権者は、妻および子二名を抱え、賃金によって辛うじて生計を維持しているものであるから、本案判決の確定を待っていては、回復することのできない損害をこうむる。

(五) よって、債権者は、債務者を相手どって、当庁に本件地位保全等の仮処分を申請し、左記内容の本件仮処分決定を得たのであるから、同決定の認可を求める。

1 債権者が債務者に対し、従業員として雇傭契約上の権利を有する地位を仮りに定める。

2 債務者は債権者に対し、昭和四七年五月以降債権者から債務者に対して提起せられるべき解雇無効確認請求事件の判決確定に至るまで、毎月末日限り金六万九一八二円(の賃金)を支払わなければならない。

≪以下事実省略≫

理由

(本件仮処分申請について)

一  申請理由(一)・(二)の事実、債務者主張の協約および規則の存在、債務者が昭和四七年二月二三日債権者を懲戒解雇にしたことは、当事者間に争いがない。

二  右懲戒解雇に至る経緯につき、≪証拠省略≫によれば、次の事実(その中には、前記事実欄に摘示のとおり争いない事実がある。)が疎明され(る。)≪証拠判断省略≫

(一)  昭和四七年二月九日午後七時半すぎころ、債務者の従業員(運転手)である半沢郁夫がその自家用車(軽四輪乗用自動車)を運転し、赤間正と共に債権者方を訪問した。当時、半沢は、試用期間中であったが、近く本採用となり組合に加入する予定だったので、組合笹谷支部長をしていた債権者のもとへ挨拶に出向いたものであり、赤間は、同支部の副支部長をしていた。債権者方では、三人で約五合ほど飲酒したが、三人とも勤務終了後であったので、更に福島へ飲みに出ようということになった。債権者は、半沢が自動車を運転して来訪したことを、当初から知っていた。

(二)  三人は、半沢運転の自家用車で福島市万世町の簡易料理店「奴」へ出向いた。同店を選んだのは、債権者が他の二人を奢るつもりで、付けの利く同店へ行くように指示したからである。同店では、同日午後九時すぎころから看板の同一一時半すぎころまで銚子二五本を飲酒したのであるが、赤間は三〇分位で帰り、あまり飲んでいなかったので、その大半は、債権者と半沢の二人で飲酒したものであり、債権者は、半沢に対し先輩格で杯をすすめ、献酬を交すなど積極的に飲酒をすすめた。そして、看板後、更に飯坂で飲み直すことになったが、そのために、半沢が後述のように飲酒運転することを、債権者は承知のうえで能動的に加わったものである。

(三)  そこで、半沢がその自家用車を運転し、助手席に「奴」のホステス・山口敏子を同乗させ、後部座席に債権者が乗車して飯坂へ向い、スナック「泉」に立ち寄ったのであるが、折返し福島へ戻ることとなり、前同様半沢が運転して帰途についた。その間、半沢は、かなりのスピードを出し、同乗の山口が前後左右にゆれるため恐いと感じたほどであり、明らかに酔のため正常な運転ができない状態にあったけれども、債権者は、これを制止せずなすがままに容認し、後記事故時には後部座席で仮眠していた。

半沢は、終始後輩として債権者を立てる態度で行動していたから、債権者は、これまでに述べた半沢の飲酒および酒酔運転につき、先輩として能動的に加担したものといわざるをえない。

(四)  かくて、同月一〇日午前一時半ころ、半沢は、その自家用車を運転して福島市飯坂町平野字遠原六番地の二先石堂交差点に差しかかったところ、折から右方より同交差点を通過しようとしていた水戸芳美の運転する普通貨物自動車の左後輪に自車の右前部を衝突させ、同乗の山口に対し加療約二週間を要する顔面打撲・頸椎捻挫の傷害を負わせてしまった。しかし、半沢は、そのまま逃走して警察へ事故の報告をせず、債権者もまた、事故のショックで目を覚ましたがそのまま放任し、後刻相手車運転の水戸に会った際、同人に対し警察へ事故の報告をしないように頼んだ。

右事故は、半沢において、右交差点の信号機が黄色の点滅信号を示していたので、同交差点の直前で徐行し左右道路の安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、飲酒の影響でこれを怠った過失により惹起されたものである。半沢は、その後、右事故の責任をとって任意退職したが、更に、右業務上過失傷害被告事件につき、同年六月一五日福島簡易裁判所において罰金二万円に処された。

(五)  債務者は、債権者の右所為につき規則第四八条第一〇号を準用して懲戒解雇にすべきものと考え、協約第二二条但書に基づいて、同年二月一一日組合の意見を求めると共に、協約第二五条第一項但書に基づいて、同月一四日福島労働基準監督署長に対し解雇予告除外認定の申請書を提出した。

組合では、伊藤書記長が笹谷支部の役員とも協議のうえ、同月一一日債務者に対し債権者の解雇に反対の意見を伝えたが、同月一三日に開催された笹谷支部の臨時大会において、圧倒的多数により債権者の解雇に反対せず債権者を支援しない旨の決議がなされ、債権者は支部長を解任され、新たに支部役員が選出されるに至ったので、伊藤書記長は、債務者と団交をもち、債務者から退職金七万円で債権者を任意退職させてもよい旨の返答を得た。そこで、債権者も、同月一四日債務者に対し退職願を提出したところ、翌一五日の笹谷支部臨時大会において、債権者に退職金を支給することに反対し、その旨を会社に申入れる旨の決議がなされたので、債権者は、右退職願を撤回するに至った。

かくて、債務者は、前記除外認定申請の結果を待っていたところ、同月二三日右認定を得たので、即日債権者を懲戒解雇したものである。

三  ここで、懲戒解雇に関する協約および規則の規定について検討する。

(一)  協約第二二条本文によれば、「懲戒に関しては就業規則に依る」ものとされているので、懲戒解雇事由については、規則第四八条の規定によることとなる。ところで、協約第二四条は、「組合員が懲戒解雇の処分をうけたときは解雇する」旨規定しているが、その趣旨は、懲戒解雇事由があるときは、懲戒解雇の形式で解雇する、つまり懲戒解雇も解雇の一種であることを確認したものと解される(更に、懲戒解雇事由があるときでも普通解雇ができる趣旨をも含むかどうか、についてはさておく。)。

したがって、懲戒解雇の手続(規則第四七条第七号をも参照)としては、協約第二二条但書によって組合の意見を得るのみならず、協約第二五条に従い、予め組合と協議の上組合員に通知し、行政官庁の除外認定を得た場合は即時解雇する、ということになるわけである。

(二)  規則第四八条第一〇号は、単に「酒気をおびて自動車を運転したとき」と定めているが、右事由は、職務遂行に関係のある場合だけではなく、職場外の職務遂行に関係のない酒気おび運転であっても、それが企業秩序に影響するとか、企業の社会的評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められる場合には、これをも含む趣旨と解すべきである(最高裁判所昭和四九年二月二八日第一小法廷判決・民集第二八巻第一号六六頁参照)。

(三)  規則第四八条第一〇号を準用して、懲戒解雇事由とすることができるであろうか。

思うに、使用者が従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であるから(前掲最高裁判所判決参照)、使用者が就業規則に懲戒事由を規定するのは、右固有の懲戒権の行使を自律的に制約することにほかならない。また、就業規則に懲戒事由を規定すれば、恣意的な懲戒権の行使が妨げられ、従業員の地位を保障する機能を果すものである。したがって、右懲戒事由の規定については、それが使用者の自己抑制であることに鑑み、従業員の保護をも考慮して、合理的に解釈すべきものと考える。

ところで、本件において、規則中に第四八条に掲げる事由が限定例挙である旨・つまり右事由による場合のほか懲戒を受けることはない旨を明示した規定はない(ちなみに、譴責・減給・乗務停止・出勤停止については、その内容に関する規定があるのみで、それに応じた懲戒事由を明示した規定がなく、規則第四八条自体に誤植等の存することは、別紙のとおりである。本件就業規則の規定に不備があることを物語るものといえよう。)。また、世上、就業規則においては、懲戒事由を列挙した末尾に「その他前各号に準ずる事由」のとごき概括的規定をおいているのが通例であるが(本規則において、何故に右のような概括的規定を欠くのか、その間の経緯は明らかでない。)、このような概括的規定は、従業員の保護を考慮し、違反の類型および程度において列挙事由と客観的に相応するものでなければならないものと考えられる。以上の点を考慮のうえ、タクシー営業という債務者の企業の特殊性を斟酌するならば、懲戒解雇事由として規則第四八条第一〇号を準用することは、先に説示した合理的解釈の範囲を超えないものとして許されるところというべきである。

(四)  規則第四八条によれば、所定の懲戒解雇事由に該当する場合でも、情状によって減俸又は懲戒休職にすることができる(つまり懲戒解雇が原則である)旨規定されているが、懲戒解雇は、従業員の地位喪失という重大な結果を招来し、特に慎重な配慮を要するものであるから、右規定は、情状の重いときに懲戒解雇ができるとの趣旨を含むものと解すべきである。ところで、右懲戒の種類選択に関する具体的基準の定めは 規則中に存しないから、右選択については、懲戒権者の裁量が許されるものというべく、その裁量は、恣意にわたることをえず、当該違反事由との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものであってはならないと解すべきである(前掲最高裁判所判決参照)。

四  進んで、本件懲戒解雇の効力について判断する。

(一)  懲戒解雇事由は、存在する。

前記二(一)ないし(四)で疎明された債権者の所為は、規則第四八条第一〇条の事由に直接該当するものではない。

しかし、債権者は、右疎明のように、半沢がその自家用車を運転することを知りながら、積極的に飲酒をすすめ同乗する等右半沢の酒気おび運転に加担したものであるから、いわば酒気おび運転の共犯ともいうべき所為と認めることができる。また、右債権者および半沢の所為は、職場外でなされた職務遂行に関係のないものではあるが、両名の職種(運転手)および債務者の企業(タクシー営業)の特殊性に鑑み、債務者の企業秩序に影響を及ぼし、債務者の社会的評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるものといわなければならない。したがって、右半沢の所為は、前記三(二)の説示に従い、規則第四八条第一〇号の事由に該当することが明らかであり、右債権者の所為は、前記三(二)(三)の説示に従い、同規定の準用による懲戒解雇事由に該当するというべきである。

(二)  懲戒解雇の選択は、相当である。

債権者の本件所為は、その態様において、長時間にわたり半沢と多量の飲酒をし、終始半沢と行動を共にして、先輩でありながらその酒気おび運転に積極的に加担し、ひいては人身事故を誘発したものであり、事故後の措置もよろしきをえたものではない。とくに、債権者は、タクシー営業に従事する運転手であったから、右所為が職場外でなされた職務遂行に関係のないものであったことを勘案しても、その情状は、決して軽いものではないというべく、右債権者の所為が同僚に与えたであろうショックの程も、前記二(五)で疎明の経緯から窺い知ることができ、無視することはできない。現に、半沢は、任意退職してその責任をとっているのである。

以上の事情を考慮するならば、本件懲戒解雇は、前記三(四)で説示した裁量の範囲を超えるものではないというべきである。

(三)  懲戒解雇の手続は、履践されている。

前記二(五)で疎明の事実によれば、前記三(一)で述べた懲戒解雇の手続が履践されたことは明らかである(そうである以上、右手続に関する協約の規定が、効力要件であるかどうかを判断する必要はない。)。

(四)  不当労働行為ではない。

前叙のように、債権者は組合笹谷支部の支部長であった。そして、≪証拠省略≫によれば、債権者が再抗弁(一)1(1)(2)(山地専務が人権無視の横暴な業務命令を出し労働条件を悪化させていたとの点を除く。)で主張の事実(その中には、前記事実欄に摘示のとおり争いない事実がある。)が疎明される。しかし、これまでに述べてきた懲戒解雇の事由および手続等の経緯に照らすならば、右の事実だけから、本件懲戒解雇の決定的原因が債権者主張のごとくその組合活動にあり、債務者が組合の弱体化をはかったものとは、とうてい認めることができず、他に、右不当労働行為の事実を窺わせるに足る疎明もない(現に、≪証拠省略≫中には、債権者自身債務者から債権者の組合活動を具体的に妨害されたことはない旨の供述記載が存し、また、債権者が事故後退職願を提出したこともあったことは、前叙のとおりである。)。

(五)  懲戒解雇権の濫用ではない。

これまでに説示してきたところによれば、本件懲戒解雇をもって権利の濫用といえないことは明らかというべく、他に、右濫用という債権者の主張をなっとくさせるに足る疎明もない。

(六)  以上のとおりであるから、本件懲戒解雇は有効というべく、これによって、債権者・債務者間の雇用契約は、昭和四七年二月二三日限り終了したものである。

五  よって、その余の判断をするまでもなく、本件仮処分申請については、被保全権利の疎明がないことに帰し、疎明に代えて保証を立てさせることも相当ではないというべく、右申請は、失当として却下すべきであるから、本件仮処分決定は、取消を免れない。

(本件仮払賃金の返還を求める申立について)

六 債務者は、民事訴訟法第一九八条第二項を類推適用して、本件仮処分決定が失当として取消される以上、同決定に基づく給付として債権者に支払った賃金の返還を命ずる裁判を求める旨を申立てている。

しかしながら、右返還請求権の実体的性質につき民事訴訟法第一九八条第二項が類推適用されるかどうか(つまり過失責任か無過失責任か)はさておき、その行使の手続については、同条項を類推適用すべきではない(すなわち仮処分異議の訴訟手続内で請求することはできず、別訴によるべきである)といわなければならない。蓋し、仮処分異議手続は疎明で足るのに対し、右返還請求権の存否を確定するためには証明を必要とし、手続が相異するからである(民事訴訟法第二二七条参照)。

よって、右債務者の申立は、不適法として却下を免れない。

(結論)

七 以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条・仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 佐藤邦夫 裁判官 岩井康倶 田中信義)

<以下省略>

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